FC2ブログ

HIKARU MATSUMURA HIKARU MATSUMURA THE UNIQUE-BAGには唸る。

独自の世界を創造する松村光氏

 私が思いますに、松村光氏は、おそらく、日本で最もデザイナーらしい鞄のデザイナー
だと思います。デザイナーの定義付は色々とあると思いますが、「独自の世界を創造する。」
という意味において、松村光氏は無類であると私は思います。

 まずは、サイトを見ていただきたいと願います。
 その独創性に圧倒されます。

http://www.isseymiyake.co.jp/HIKARU_MATSUMURA/

 何故、私が松村光氏を尊敬してやまないかを追々、話しをさせてい
ただきます。本日はその第一弾。
 それには「少しのまえがき、説明がいります。」

高級ブランドをコピーしていた時代。

 私は長きに渡って鞄、ハンドバッグを作る仕事に携わってきました。
 我々の時代はライセンス・ブランドが主流で、世界の一流ブランドを模倣し、その廉価版
を作ることが仕事というような時代でした。もちろん、そればかりと言うわけではありませ
んが。
 「解体新書」と洒落て、エルメス、グッチ、ヴィトン、シャネル、セリーヌ等を解体し、
「一流品」の技術を研究した時代でした。技術水準を高めるという意味において、それは大
変役立ちました。時はバブルの時代です。車が一台買えるほどのお金を使って、そういう研
究をしました。エルメスがすごいと今でも思うのは、その時の研究の成果です。まさに「手
仕事の粋」。技術は群を抜いていました。エルメスは「手縫い」が特筆されますが、私は
「革漉きの技術」に感動しました。解体して初めて分かったことで、驚愕に値する素晴らし
い物でした。作り手だけが理解できるすごさ、という水準の物です。

 私は一時期、サンプル職人でした。(今でも時々は作っていますが現役とは言えません。) 
ライセンス・ブランドを作っていると、辛い気持になったこともシバシバ有りました。ほと
んどコピーと思う物も有ったからです。
 初めてフランスのパリに行ったときのこと、行く前に取引先のデザイナーに言われたこと
を今も忘れません。「エルメス本店の二階にあがって、そこにある一個のバッグを見て来て
下さい、と。はたして、そこには私が作った「コピー」の「本物」が置いてあったのです。
その「デザイナー」は出来上がりの雰囲気、技術をそのレベルまで高めなさいと言うおつも
りで、おっしゃったのだろうと思いますが、衒いも無く、そういう事が通用している時代で
した。デザイナーの仕事は海外のブランドをアレンジするのが仕事のような物でした。
 まだ、インターネットが普及していない時代です。海外に出かけるという特権を持ち、か
の地でデザインソースを掴んで、それをアレンジし、日本で作って「ライセンス・ブランド」
として市場に送り出す。私達作り手も、雑誌をめくり「元ネタとなっているバッグ」が何か
を自分で見つけることが勉強と言えば勉強でした。サンプル作りの打合せの際、その「知識」
が役立ったのです。そういう意味で、我々職人も疑いも無く、懸命に「果たせぬ夢」を追求
したのです。今では海外にも行けますし、何よりもインターネットで世界中のブランドを見
ることが出来ますので、現代はコピーが通用しない時代だと思います。

 時代は巡り、25年も経たある時期に、私は突然、ハンドバッグに興味を喪ったのです。知
恵の哀しみでは無いのですが、虚しい気持ちになったのです。その理由が分かったのは、後日、
「堕落する高級ブランド」(講談社、ダナ・トーマス著)を読んだ時でした。
 この本は私の師匠のA氏から紹介いただきました。
   墜落


 実は、それまで、私は自分の虚脱感の本質がなんだったのか、はっきりは分かりませんでし
たが、感覚的に言いますと、「もう、かなわないな・・・・・」と思ったのです。デザインや
作る技術ではヨーロッパに、価格では中国に。戦意喪失したのでした。
 海外から日本をターゲットにして押し寄せて来るブランド品の嵐の前に、我々、日本の職人
の世界は後退に次ぐ後退で、多くの大手の問屋、縫製メーカーは衰退を余儀なくされました。
その過程で外国人不法就労の縫製工場に悲しむべきことに日本の職人さんの世界は淘汰されて
行ったのでした。私を育ててくれた縫製メーカーも、先輩の会社も倒産しました。時代が変わっ
たのです。


 バブルがはじけて生き方、ライフ スタイルも変わりつつ有りました。生きるって何だろ
う、美しいって何だろう、そんな本質的な事を考えた時期でもありました。自分が男ってこ
とも有るのでしょうが、私の中でもハンドバッグの「美しさ」に疑問を持ってしまったのです。
結果、私はバンドバッグの世界から「島抜け」したのでした。

松村光氏の登場

 そのような時期に松村さんの鞄に出会いました。
 グラブと言うモチーフは有るにしろ、そのデザインの完成度の高さに圧倒されました。
 グラブトート
 他の何物でもない、世界中にこのデザインは 松村光そのものでした。
 鞄についで、野球のボールをモチーフにして小物も出ました。
 こういう表現は陳腐で不粋ですが、なんと美しいのだろうか、何と独創的なのだろうか、
と私は思いました。
 「物をして語らしむ」・・・・は、松村さんデザインの鞄に当てはまります。どうぞ、
じっくりとご覧ください。そして、御店に御出掛下さい。
ともすれば、ギフト物、アイデア物になりかねないモチーフを、そのデザインの完成度
によって、プロダクト・デザインの領域に高めたのです。唯一無二の物。

   コインケース

 (画像はいずれも HIKARU MATSUMURA THE UNIQUE-BAG
のサイトから拝借しました。)

 
私の娘の部屋には、ガラス ケースに入って「永久保存」されています。もちろん、使っ
てもいます。造形として美しいのです。私は私の子供たちに伝えたかった。「美しい」っ
てことは「きらびやか」とは違うのです。造形美という世界。
フィリピンでこの商品群を作っている工場の社長に、売っているところを見せたくて、
態々、日本に連れてきました。新宿伊勢丹、メンズ館の7階で販売しておりました。

 作り手の喜びは、それが売っている場所で輝いているのを見た時です。そして、もっと
も恐れるのは、売り場で精彩を欠いている時です。無念なのは、使われている商品が無残
に崩れている時です。もっとも喜ぶのは、使われて後、鞄が美しく崩れている時です。上
手く年季が入っているのを見た時です。奇麗に傷ついて、それが味になっている時。
 松村さんの鞄は、ヘタってなお、美しい。究極の「鞄」なのだと私は思います。

 もう一度、鞄の写真をご覧ください。見入っていただきたいと思います。男は気に入っ
た物を手に入れると、愛でます。蒲団に入れて一緒に寝たりもするのです。そういうもの
です。絶妙なデザインだと思われませんか?  矛盾するようなもの言いになりますが、沢
山パーツがあるのに、無駄なパーツは何一つ無い。過不足が無い。デザインってこういう
ものでしょ、と合点が行くのです。
   マネークリップ


 私が松村氏を特筆すべき御方だと思う理由に「鞄の姿を変えよう。」「作り方も含めて
変えてしまおう。」更に言うと「鞄らしくない鞄を作ろう。」そう志しているからです。
 ハンドバッグは多くのカテゴリーがあるのに、鞄は旧態依然として、鞄の形をしていま
す。小物もそうですね。結果、鞄はデザインを見せる物では無く手技を見せるものになり
がちです。あまたのメンズ雑誌の「匠」礼賛を読むたびに、私はそう思います。(しかし、
最近は少し、変わってきた気がしますが・・・。)
 松村さんの鞄・小物において、技術はデザインの要素ではあっても、本質ではありませ
ん。
 もちろん、技術を主体にしたデザインという世界も有ります。どちらに比重があるか、
その双方を持ち合わせているか、そのレベルの高さによって「商品の格」が決まるのだと
思います。松村さんの場合は明らかに「デザイン」が勝利している商品群と思います。

 松村氏の鞄の世界を変えたいという志は「世界を変えた50の鞄」Fifty Bags That Changed
the World (Design Museum)というイギリスの本に松村さんの鞄が選ばれ、図らずも証明
されたと私は思っています。新しい価値観、「革新性」があった上で、造形として美しいか
らです。造形が美しいだけでは無く、概念が新しいからです。
  
        hmバッグ


 私はデザイナーという職業の大切さを知っていますし、尊敬しています。デザイナーがい
なければ作り手は良い物を造り続けることが出来ないと私は素直に思います。「持ち場」が
違うのです。良い作り手と良いデザイナーは必ずしも、一致しません。
 (稀な例で、デザインも作る、も御一人でしている方もいらっしゃいます。尊敬する作り手、
手縫いの巨匠、藤井さんが「私はデザイナーでは無い。」と謙遜されておられますが、藤井
さんは双方、合わせ持った数少ない作り手と思いますし、「芸術家」であり、作り手である
本池秀夫さんは「作る」を熟知したうえで、創造しているすごい人と思います。レディスで
は takaneco の横尾貴音さんがいらっしゃいます。他にも沢山いらっしゃるのでしょうが、
私の知りうる狭い世界ではこの御三方の名が浮かびます。)

 デザインとは「創造」であって「模倣」ではありません。「温故知新」は模倣ではありま
せん。技術の獲得に「模倣」は必要不可欠ですが、別次元の物が出現するには今後は「科学、
化学」に基づいた「工業」という要素が加わり、それを意匠に組み入れる知識と知恵と感覚
が必要と思います。素材の選択や知識、デザイナーの守備範囲にはそういうことも含まれる
と思います。それが手技を経て形となって結実する、そこまでのプロセスを「監督、監修」
も含めて実現する人をデザイナーさんだと私は思います。物言いが、ちょっと観念的になり
過ぎていますね。失礼しました。

 職人として私は失格者かも知れませんが、デザイナーを尊敬できるか、信頼出来るかで
「私の物を作る時のモチベーション」は明らかに違います。経験上、デザイナーさんとの相
性って間違いなく有ります。波長というのでしょうか・・・。作り手の+アルファが出るデ
ザイナーと何とも出ないデザイナーさんがいます。

 松村さんの場合は、鞄を作り終えた瞬間に、それが何かのコピーでは無く、まぎれも無く、
「HIKARU MATSUMURA だぞ」になる、そういう気持ち、そういう経験を私は初めて持っ
たのでした。何とも、嬉しい気持ちになったのです。鞄を作る楽しさを味わったのでした。

 面倒くさい事をつい長々と語ってしまいました。
 でも、百聞は一見にしかず、です。一目観たら分かっていただけるのです。こうやって、
説明するなんぞは不粋なのを分かっていて、でも、語りたいのです。
 ですが、私が書いたことは忘れていただいて、まずは東日本の方は東京・銀座に、西日本
の方は大阪・船場、直接、御店でご覧ください。触れて下さい。私からの御願いです。ネッ
トも堪能して下さい。そして、ぜひ、お買い求めください。

 今後も、折に触れ、松村氏の他のコレクションの紹介も含めて、綴って行きたいと思いま
す。今回は力コブが入り過ぎました。堅苦しかったように思います。失礼しました。

(HIKARU MATSUMURA
HIKARU MATSUMURA THE UNIQUE-BAGには唸る・・・・続く)
スポンサーサイト



2011年10月25日 | Comments(0) | Trackback(1) | 未分類
コメント

管理者だけに表示する
トラックバック
今日、リンク集に1件追加しました。鬼燈屋(ほおずきや と読む)のmovensというオリジナルブランドのページです。 で、このmovensの関係者が数名連作で書いているブログがなかなか密
太田垣の鞄のリンク集(Japanbag.com) 2011年11月03日 19:23:05

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ